「ふるや」ってなに? 「もり」ってなんらろか?
古家、古屋、古谷、古矢、降る、振る?
森、杜、守り、銛、漏り、盛り?
いろんな漢字が去来して、頭が混乱するこのタイトル。
「古家の森」……熊さんが住んでる?
「古谷の杜」……神社があって?
「古谷の守り」……古い時代にもナウシカみたいな?
まさか「降る矢の守」「振る八の銛」とか……神話?戦争話?
ひょっとして「(名)古屋の盛」……味噌カツ丼大盛? まさかね!
なにー? 「ふるやのもり」って?
幼児向けにひらがなで書いてあっからさ 、なおさらのこと、想像のつかねかったこの話。さーて、読んでみっか。
むかーし昔。
山ん中のふーるいあばら屋に、じいさんとばあさんが住んでいたこて。
二人は馬がでぇー好きで、1頭の子馬をかーうぇがっていたんやぁ(=二人は馬が大好きで、1頭の子馬を可愛がっていた)。
さて、嵐の近づくある晩のことら。
馬小屋に、馬泥棒が忍び込んだてや。嵐が来そうらすけ、雨風の音に紛れて、馬を連れだそう、盗み出そうってのらな。
泥棒が梁(はり)に上って、じっと様子をうかがっているところに。
今度は、そろーりそろりと、虎狼(とらおおかみ)が現れた。
ふん、ふん。人の匂いがするろ。ふん、ふん。馬の匂いもするろう。今夜はこの家の人間を食うか、馬を食うか。
そんがのおっかねことになってるなんか、わからねし、この頃は耳が遠ーぉなってるじいさんとばあさんのことら、でっーけ声で話していたいや。
「さて、今夜はどんがの嵐になっろのう。
……なあ、じいさん。この世でいっちおっかねもんはなんらろなあ(=この世で一番怖いものは何でしょうね)。」
「なに? おっかねものか? そらな、おっかねのは、どろぼう。」
それを聞いた泥棒は、うれしなって、梁の上でニタニタ笑た。
「らけど、もっとおっかねのは、虎狼らな。」
虎狼は得意んなって、耳をバサバサよごかしとう(=動かした)。
「はあはあ、そうらの。」
て、ばあさんがうなずいてっと、じいさんはまたゆうた。
「虎狼よりもっとおっかねのは、ふるやのもりらな。」
「ああ、そらの。ふるやのもりほど、あわてるもんはこの世にねえの。」
泥棒も、虎狼も、たんまげたいや。
ふるやのもり?
この俺よりおっかねもんがこの世にいるんらと? どこにいるてば?
ごうごう空で鳴る風が、真っ黒い雲次々連ってきて、しとしと雨が、ざあざあ大雨になってきとぅ。
うつら、うつらしてた子馬が目ぇ覚まして、ひんひん、ゆう声もかき消されるほどのどしゃ降りら。
バラッ、バラバラバラバラッ。
バラッ、バラッ。
バラバラバラバラッ、バラッ、バラッ。
雨宿りができるだけでもいかったなあ。
泥棒も虎狼も、正直ホッとしている、そのときらったて。
「じいさん、てえへんらんやぁ!
はよ、鍋でも釜でも持ってきてくらっしぇー!
こーれはふるやのもりらてやあ!」
「うわっ、ふるやのもりが来たてらか!」
泥棒はたんまげて、逃げよとしたとたん、おおっとと、足を踏み外してぇ。
どさっ!
と、毛のふさふさした虎狼の上に落っこちたいや。
「ひゃっ!ふるやのもりに乗っかっちまったぁ!」
虎狼の方も、びっくり仰天。
「うぉ!ふるやのもりが背中に取っついとぉ! うぉおお、うぉおおおおー!」
虎狼は、ふるやのもりを振り落とそと思て、滝みとなどしゃ降りん中、飛び出しとう!
うおおおおおお、うおおおおおお!
必死に身体を振りながら走るも、
首っ玉にまたがった泥棒もまた、振り落とされてなるもんか、と、しがみつく。
振り落とさったら、そのあと、噛みつかれるか、食われるか! 泥棒らって必死らこて。
うおおおおー。
食いついてくるか? 首締めてくるか? もう離れてくれてばー!
雨が目にへって見ぇーねろも、虎狼は死物狂いで走った、走った。
ぬかるむの畑を抜け、林の中へ。濡れた落ち葉の積もる林を抜け、野原の道へ。つる草の絡まる野原を抜け、ゴツゴツと岩の混じる山道へ。
うおおおおおおお、ああああああああーぁ!
どんがぐれ走っていたのらろう?
いつの間にか、雨はポツポツ小降りになって。東の空が白んで明るくなってきたいや。
はぁはぁ、はぁはぁ、もう振り落とす力なんか、出ね。限界ら。虎狼はくたびれながらもまだ走っていたいや。
雨に叩かれびしょ濡れになった泥棒も、ああ、嵐は去ったか、と、目をあけて。
ふるやのもりを見て、肝をつぶしたこて……。
うわあ、ふるやのもりてや、虎狼にそっくりらねっか……。もっとおっかねえ顔してぁんだろか?
もう、つかまってる力も出ねがんね。どこか、どこか……。
道端に深い岩の割れ目が開いてる。そこめがけて、泥棒はぽーんと飛び込んだのらて。
はぁはぁ、はぁはぁ。
虎狼は、岩ばっかの坂道を駆け上がり、やっと、背中がかーるなっていたことに気がついとう。
はーあぁ。もう、動かんね。
ふーうぅ。死ぬかと思たれや。
なんともおっかねえめにおうたもんら。
草の上で虎狼が休んでいると。
見てたろ、見てたろ。
背中に乗してたのぁ、なにもんら?
俺も見た、見た。岩の間の穴に落ちていったろ。
山のけものたちが集まってきた。
「いやあ、人を食いに行ったら、ふるやのもりに取っ捕まってしもて。」
虎狼がきんのの夜の話をしたら、んーなが、俺も、俺も、ふるやのもりを見てみてぇ、という。
ふるやのもりは穴ん中ら。
嵐で土が流さって表れたのらろう、あんがのふっけえ岩の割れ目から、出られるろか?
生きてるのらろか?
へえ、死んでるんじゃねえか?
死んでたら、穴から出てこらんねろう。
見てねえ、見て、見て、
(=見たいねえ、見たい、見たい、)
ふるやのもり、見てみてーやぁ!
(=ふるやのもりを見てみたいねー!)
と、大合唱らてや。
木の上から、からすがゆうた。からすは虎狼のこと、おっかのねえすけな。
「その話がほんがらったら、虎狼、
おめのしっぽを穴に垂らして、様子うかがってみれ。」
「いやいやー、俺のしっぽはみーじこて、ふるやのもりの落ちてるとこまで届かねてば。だっか、いっちしっぽのなーげもんにやらせれや。」
だんら、しっぽがいっちなーげもんて(=誰だ?しっぽが一番長い者は)。
んーなが、んーなの顔と尻をながめたろ。
猿は、むかーし。しっぽがなーげて有名らった。
神さまがしっぽだけこねて延ばしてくっつけたのらろか? それとも縄跳び遊びして伸びたのらろか?
わけはわからねろも、新体操のリボンみとな、誰よりもなーげしっぽを持ってたということら。
「おめら(=お前だ)。」
「おめ、おめ(=お前、お前)。」
「猿が行け。」
ゆうことんなって。
「えーっ、嫌らなぁ…。困ったなぁ…。」
猿は恐る、恐る、穴に近寄って行ったこて。
穴に尻を向けて顔を上げると、虎狼やイノシシたちが、並んでじぃーっとこっちをにらんでいんのらもん。
しっぽを下ろすしか、仕方がねぇ。
そぉーっと、そぉーっと。
そぉーとな……。
穴ん中では、泥棒が途方にくれていたんや。
ふるやのもりに食わんねよう、穴に逃げこんだのはいい考えらったけど。
今度はふっけ穴から出らんねなっていたこて。
とっころが……。
岩のえーだから(=岩の間から)青空見上げていたら、しっぽが鼻先に。
ぷらん、ぷらんと、降りてきたねかて!
「おやーぁ、ありがてえ、ありがてえ。天からの助けの綱ら。」
泥棒はしっぽをしっかと握っと、
「は、ぃよっしゃー! 」
力いっぺこと引っ張ったこて。
「うひゃ! ぎゃーああぁー」
ぁー ぁー
猿の悲鳴が山にこだました。
「ふ、ふるやのもりがあぁぁ!
し、し、しっぽに取りついたあぁぁぁー!」
ぁー ぁー
虎狼もイノシシも後退りして、木や草の茂みに隠れたいや。
おっかね、おっかねぇけど、穴に引き込まったら、ふるやのもりの餌食になってしもねっか!
猿は涙をこぼしながらも、顔を真っ赤にして、岩にかじりついて、踏ん張っとう!
そーして、泥棒が穴から頭を出して、最後の一踏ん張りをして逃げるとき。
猿のしっぽは、
ぷつんっと。
切れてしもたのらてや。
「ぃやっほ、ほーい!」
泥棒は、穴から出らって大喜び。
なーげリボンみとなしっぽを、しっぽとも知らず。
新体操女子みとにくるくると振って、弾んで山道を下っていったいや。
それから、猿の顔は真っ赤っか。
しっぽも今のように、みーじけなったというわけら。
さてさて、それからというもの、里には、
泥棒も、虎狼も、いろいろ畑を荒らすけものが来ねなって。
んーな、安心して野良仕事。作物もよー育ったこて。
そうそう、じいさんとばあさんが、
「おらちはちいせ畑らすけ、てえして難儀ねえろも、ひーろい畑のもんは難儀らねえ。」
畑耕すにも、物運ぶにも、いいようにつこうてくれやし。ゆうて、
でーじな馬を、稼ぎこきのわーけ村のしょ(=よく働く若い村の者)に貸してやったのらって。
「でーじに育てられているすけに、おとなして、利口で、いーい馬ら。」
ゆうて、喜ばって。
村のしょが集まって、
じいさんとばあさんのあばら屋直して、屋根も新し茅(かや)ふいてくれたってや。
そうして、んーなで、仲よう暮したんさ。
ふるやのもりのおかげで、いいこともあるんらねえ。
おしまい。
原作:みんなでよもう!日本の昔話ー3
『ふるやの もり』
文:小池 タミ子 絵:渡辺 三郎
発行所:株式会社チャイルド本社