名作は国境を越え、言葉の違いを越えても名作のはず。その考えから、この本を新潟弁で読んでみたこて。
よくパロディにされる「マッチを擦る=火遊び」のエピソード。
なぜ、マッチを擦らねばならんかったか。ちと考えて欲しい。
原作 アンデルセン
与田準一 ・文 杉田 豊・絵
世界文化社発行 『世界の名作⑦マッチ売りの少女・雪の女王』より
マッチ売りの少女
さぁめ (寒い)日らった。雪が降ってるんらもん。それは、一年の一番おしまいの日の夕方らった。
薄暗い通りを、ぼろを着た女ん子が歩いてた。帽子もかぶらんで、しかも、裸足らったこて。
うちを出っときには、木靴を履いていたのらろも。こないだまで母ちゃんが履いていた、ちとでっこい木靴。
さっき、道を横切ろうとしたとき、二台の馬車がごったな勢いで走ってきたすけに、あわててよけて、転んでしもて。
片っぽの靴はどっかへ飛んで、もう片っぽは、通りかかった男ん子が、拾って持っていってしもた。
前かけにマッチの束をいっぺこと入れて。手にも一束持って。
今日はいっちんち(=一日中)歩いたれも、だんれもマッチを買うてくんねかった。
腹がへって、腹がへって。体もはーっこなって(=冷たくなって)、足は赤と青のぶちになっていたこてや。
雪がひらひらと、なーげ (長い)金色の髪に降りかかってきた。どこのちの窓からも、明かりが外まで射して。鳥を焼くいい匂いがぷんぷんしてきたこて。
「ああ、今日は年越しらった。」
女ん子は、家と家の間の、せーめ (=狭い)空き地の隅っこにしゃがみ込んだれも、さぶさ はひぃどなるばっから(=寒さはひどくなるばかり)。
マッチはひとつも売れてねえし、このままけぇっても、父ちゃんにぶたれるにきまってる。
うちにけぇってもさぁーめしなあ。壊れた屋根からも壁の隙間からも、風がぴゅうぴゅう吹き込むのらもん。
はぁーっと息を吹きかけて手を見っと、死んだような色になっているてば。
「はっこい (=冷たい)、はっこい。あっためねばだめら。」
女ん子は、一本引き抜いたマッチの先を、シュッと壁で擦ったいや。
火花が出て、明るい炎が燃えたこて。
なんという不思議な光ら。
あったこて、あったこてぇ。ぴかぴかした真鍮のふたと胴のついた、ストーブの前に座っているようらったこて。
そうら、足もあっためよ、と、急いで足を差し出したれも、もう火は消えて。
ストーブもすうっと見えねなってしもた。
そして、手にはマッチの燃えさしが残っているきり。
しかたねぇ。また、新しいマッチを擦ったこて。
マッチの光が壁を灯すと、そこに部屋が現れて。真っ白い布をかけたテーブルの上に、ばかうんめそげなごちそうが並んでいたこて。
そして、ほかほかと湯気を立てた鶏の肉が、ひょいとお皿から、ぴょんとテーブルから、飛び降りて!
ほら、こっちにえんで(=歩いて)くる!
そのとき、マッチの火は消えて。
壁は元の冷たい壁にもどってしもた。
女ん子は、もう一本、マッチを灯した。
すっと、今度はどうら! ぴかぴか光るクリスマス ・ツリーの下に座っていたこて。
いつらったか、お金持ちの家の窓越しに見たのより、ずっと、ずっと、ごったなツリーらなあ!
何千というキャンドルが、緑の枝の上で燃えて輝きながら、こっちを見下ろしてる。
女ん子が思わず両手を伸ばしたとたん、マッチの火は消えて。
無数のクリスマス・キャンドルは、たぁーこ(=高く)、たぁーこ、空へ昇ってって、きらきら光る星たちになったいや。
しばらく見上げていたら、やがて星のひとつが、光の筋になって流れ落ちとう。
「あっ、誰か死んだ。」
女ん子は、今はもうのうなった (=亡くなった)ばあちゃんの話を思い出したこて。
星が流れるとき。 それは、人の魂が神さまのところへ昇って行くときなんらよ。
女ん子は、また一本、マッチを擦ったこて。
そうしたら、明るく灯った光の中に、ばあちゃんが。
あの懐かしいばあちゃんが、にこにこして立っていとう!
「ばあちゃん……! 待って!
行くな、行かねでくれ!
マッチが消えたら、行ってしものらろう!
あのストーブや、鶏の丸焼きや、クリスマス・ツリーが消えてしもたみとに!
ばあちゃん、ばあちゃん!
行かねでくれ! あたしを連れてってくれ!
連れてってくれ! ばあちゃん!
連れてってくれてば!
ばあちゃん!
ばあちゃーーーーーーん!」
声の限りに叫んで、残っているマッチをいっぺんに擦ったこて。
マッチは燃えて、燃えて、昼間のように明ーるなって。
手を広げたばあちゃんは、きれいらった。
涙がいっぺこと出たら、
ばあちゃんの顔がめーねなってしもたれも、
ばあちゃんに抱きしめらって、女ん子はほーっとしたいや。
もう、さぶさに震えることもね。
腹が減ることもね。
ぶたれるしんぺえもしねたっていいのら。
ばあちゃんと一緒に行くのら。
神さまの国に行くのらから。
光が二人を包んで。
その光は、たぁーこ、たぁーこ、星たちの待つ空に昇って行っとう。
さぁめ、さぁめ、次の朝。
新しい年のお日さまが、小させ体を照らしたろ。年越しの晩に、マッチを一束持って
凍えて死んだ女ん子の。
「マッチを擦って、あったまろうとしたんらねえ。」
「かぁうぇそに。」
て、見つけた人たちはゆうたれも。
口元に笑みを浮かべた女ん子が、
どんがにきれいなもんを見たか。
どんがに幸せらったか。
知る者はいねかったのら。
おわり。