新潟・越後の言葉で語る昔ばなし

子供に昔話を読んだ後、少々のアレンジを加えて、故郷の言葉で語ってみたこて。

『ハメルンの笛吹き』

ドイツの北方にあるハメルンの町に、ある日やって来た、不思議な笛を持つ男。自称「ねずみ退治の名人」。しかし、男が町にやって来た本当の目的は……?

 
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ハメルンの笛吹き

 

むかーし昔の話らて。

 

ヨーロッパにある、ドイツという国、

知ってっか?

 

ドイツの北の方、ヴェーザー川のほとりに、ハメルンていう町があったこて。

 

山と川に挟まれた地に、レンガ造りの家々が並ぶ。静かで、きれーな町らったけど。

 

ある頃から、ねずみが増えてきて。

 

どこの町にも村にもいる、灰色のねずみが。

 

チュウチュウ、チュウチュウ。

 

どんどん、どんどん、増えてきて。

 

畑や農家だけじゃねぇ、町の家にも、店にも、倉庫にも、広場の花壇や、公園の穴ぐらにも。

 

チョロチョロ、チョロチョロ。

チュウチュウ、チュウチュウ。

 

 ねずみが、どんどん、どんどん、増えてきて。

 

パンをかじって、チーズをかじって、

袋を破って麦をかじって、じゃがいもをかじって。

ワインの樽も、倉庫の壁も。

 

チョロチョロ、チョロチョロ。

チュウチュウ、チュウチュウ。

 

町の人たちは、叩いて追い払ろたり、ワナを仕掛けて捕めたりしたのらけど、

まるで効き目がねかったこて。

 

人間がもたもた捕めぇるねずみの数よりも、増えるねずみの数の方がずっと、ずっと、多いすけなあ。

 

ゾロゾロゾロ、チュウチュウチュウ、

ゾロゾロゾロ、チュウチュウチュウ。

 

かじったあとは、糞だらけ。

どこの家も、誰の家も、

棚も、引き出しも、廊下や部屋の隅も。

どこもかしこも、

黒く乾いたクソだらけ、糞だらけら。

 

はてさて、困った、どうするね。

うっかり食べ物なんか出しておかんね。

子供におやつをこしょてやれば、

真っ先にねずみが食いに来るてや。

夜、寝よと思てえんでいけば、廊下の暗がりで、ねずみを踏んでしも始末ら。

 

「町長さん、町長さん。

ねずみを退治してくんなせや。

倉庫の中の麦も芋も、んーな、かじられて、そしてクソだらけ。」

「町長さん、町長さん。

本気出して、ねずみを退治してくんなせや。町の食いもんが、んーな食われてのうなってしも!」

 

町長さんはおお弱り。

黙って見てたわけじゃねえろ。

あの手、この手を尽くしても、

ねずみの増える勢いを、だんれも止めらんねのら。

「あー!  誰か、なんとかしてくんねかー!」

 

ゾロゾロゾロ、チュウチュウチュウ。

 

 

そんがの、ねずみだらけんなったハメルンの町に、ひょろーりと背の高ーけ、見慣れね男がやって来とう。

くーろい帽子を目深に被って、ふーるい旅行カバンと、ピカピカに磨いた笛持って。

「役場はどこら?」

て、人に聞き聞き、男は町長さんに会いに来たこて。

「ねずみが増えて困ってるゆうて、風のうわさで聞きましたいね。私はねずみ退治の名人ら。

町長さん、私がねずみを追い払ろてやるこてし。」

「ほんがに?  ほんがに追い払うことなんか、できるのかてや?」

「できますこて。

そんかわり、ねずみ1匹につき1マルクいただきて。いいですかね?」

「ああ、もう、ほんがに退治してくれんのらったら、幾らでも払うてば。」

 

町長さんは、朝も晩も、ねずみの苦情に悩まされていたすけなあ。ホッとしたいや。

 そして、男に、町で一番のおすすめの宿を取ってやった。そこも、ねずみだらけらったけどな。

 

 

♪ピーロロ 、ピーロロ、ピーロロー。

翌朝、朝もやの中で、笛の音が通りに響くと。

あの家から、この家から、道の両わきの店から、チョロリ、チョロリとねずみが出てきたろ。

 

♪ピーロロ、ピーロロ、ピーロロー。

男が公園を通ると。

穴ぐらから、ゴミ箱から、チョロリ、チョロリ、ねずみが出てきたろ。

 

♪ピーロロ、ピーロロ、ピーロロー。

パン屋の小麦の倉庫から、八百屋の野菜の貯蔵庫からも、ゾロゾロ、ゾロゾロ、 太ったねずみが出てきたろ。

 

♪ピーロロ、ピーロロ、ピーロロー。

花の咲いた小道を行けば、球根をかじっていたねずみ、古屋の扉をかじっていたねずみが、チョロリ、チョロチョロ出てきたろ。

 

男が町を一周して、また、

役場のある広場に来たときには、人の足の踏み場がねーほど、道一面、灰色のねずみの群れに覆われたこて。

「うわあ!町長さん、見てくれね!

あんがのいっぺこと、いたのらいね!」

役人と一緒に町長さんは

「およこ、およこ。」

て、たんまげて、3階の窓から見てたこて。

 もちろん、笛を吹く男は、町長さんにねずみの数を見せとて、広場に戻って来たのらろう。

 

 

♪ピーロロ、ピーロロ、ピーロロー。

 

男の笛の音に、ウキウキとねずみたちは集まって、群れに入ると、我先にと進んでいく。

 

男は、家の建ち並ぶ通りを抜けて、畑のある丘の細い道を上がり下がりしてえんでいく。

灰色のねずみの絨毯も、大地を上がり下がりして、畑を、丘を、もごもごと進んでいくてや。

 

やがて、

町のはずれのヴェーザー川に着くと、

笛の音は、微妙に変わり。

 

♪ピィーロロ、ピィーロロ、

    ピィーロロ、ピィーロロ、

    ピィーロロ、ピィーロロ、

    ピッ、ピッ、ピーッ!

 

笛の音が高く響くと、ねずみたちは。

 

さらに、我先に!の勢いで、

走って川に飛び込んで行ったこて。

 

どぶん、どぶん、どぼどぼ、どぶん!

 

早く、早く、

何をそんがに急ぐのらろか。

前のねずみに遅れねよに、

後のねずみに追い越されねよに、

 

どぶん、どぶん、どぼどぼ、どぶん!

 

はるか下の水面に、次々、飛び込んで。

深っけて、早ーいえ水の流れに、

次々、のまれて行ったこて。

 

畑のもんは見ていたろ。

川の向こう岸、山で作業しながら、たんまげて、見ていたろ。

 

このままらと、実も種も、食うもん、んーな、ねずみに食われてしも。

 

町のねずみが容易に来らんね、川向こうに、畑を開拓するか、貯蔵庫を作るか。

 

町長さんに頼らねで、何とかしようて、動くもんもおったこて。

 

畑のもんは、ほんがにたんまげて、

立ち尽くして、見てたいや。

 

緑の草を覆い尽くす、まるで灰色の絨毯が、地上を滑るように丘の向こうからやって来て、

高い笛の音の号令で、

川の崖っぷちから、どぼどぼ、落ちて行ったんらもん。

 

渦巻く水の流れに飛び込んでいく、灰色ねずみの群れの最後に、

1匹だけ白いねずみがいとう!

「あーあ。ここは過ごしやすい、いい町らったのに。あんたには、かなわねわ。」

 

笛吹きの男は、ニヤリとして、白いねずみに聞いたこて。

「ねずみの数は全部で何匹ら?」

「9千9百の9千倍と99匹!」

白いねずみは、そわそわとして答えると、

一番最後に崖から川に飛び込んで、

けど、水に落ちることなく、川面の間際で、白い鳥になって、どこかへ飛んでいった。

 

 

 

「ねずみがいねおぅ!」

「ねずみがいねなったろ!」

「お祝いら!」

「お祭りら!」

 

町から一匹もねずみがいねなったすけ、みんなが喜んで、大変な騒ぎら。

 

さぁさ、ほうきで、ねずみのフンの始末してぇ、店の棚、きれーに拭いて。

さあ、品物を並べるろう!

パン焼いて、並べるろう!

 

 

みんなが喜んで、安心して眠った、次の朝。

男が役場にやって来た。

「おはようございます。町長さん。

約束通り、ねずみを追い払ったいね。」

「おお、おお、見事な業(わざ)らいや。ねずみがそんがに音楽が好きらてや、気がつかんかっとぉ。」

「では、ねずみ退治の代金をいただくこてね。」

「うーむ。ふっとついたれも、ねずみの数がわからねば、計算できねなあ。」

「ねずみの数は9千9百の9千倍と99匹。まちがいねえ。」

「ほほう、そんがにいっぺこといたかてや。」

「ねずみにとって、このハメルンの町はばか居心地がいかったみとらねぇ。」

「じゃ、証拠のねずみを出してらおうか?」

「は?」

「金庫にあんのは、わし一人の金じゃねえ。町のみんなから預かってる大事な金ら。

何に幾ら使うたか、きちんと町のもんに報告する義務が、町長のわしにはあるのらてば。

ねずみが何匹いて、どれだけ退治したか、示してもらわねば、払わんね、言うわけら。」

「昨日は、1匹あたり1マルクという約束らったれよ。どれほどのねずみがいたか、町の皆さん、見てるねっか。」

「これだけ退治したのら、ゆう証拠をきちっと出してもらわんとねえ。」

「ふーん……。払う気はないというわけらね……。」

男はクルリと、町長さんに背を向けて、役場を出て行ったこて。黒い帽子の下で、ニヤリと笑みを浮かべてな……。

 

 

 平和な日曜日がやって来た。

 

赤子がねずみにかじられる心配もねえし、お姉ちゃんたちに子守りを頼んで、大人たちは教会に行ったこて。

 

「神に感謝ら……!」

そう呟く市長さんの耳に、微かに笛の音が聞こえた気がしたけどな、

元気に遊ぶ子どもらの声にかき消されてしもたこて。

 

町を救ってくださった神さまに感謝して、それから、町長さんを称えて、大人たちが教会から出てくっと。

 

町はずいぶん静かで、カッコーの声が響くばかり。

 

おや、子供がいない。

 

かくれんぼしてんのらろか?

棚にも、物置にも、ねずみはいねこんだし。

 

家のどこにもいない。

 

隣の家にもいない。

 

通りにもいない。

 

公園にも、広場にもいない。

 

畑の芋掘りにでも誘われたか?

林で木登りしていねか?

 

探したけど、

名を呼んだけど、

 

どこにも 子供がいない。

 

 

 

「どこにいるのらてばー!」

 

気が狂ったかのよに、子の名を呼ぶ親も出てきたこて。

 

 

やがて、びっこをひいた子供がひとり。

 林の中で、泣いていんのを、町のもんが見つけたいや。

 

「どうしたんら?  足、いてしたのらか?」

「ちご、ちご。今、いてしたんじゃね。

きんの、ねずみのフンの始末しよて、屋根裏に上って、はしごから落ちたのら。」

 

「おや、落ちたか。危ねかったねえ。

そらか、そらか。じゃ、なに泣ぇーてるや。一人らか。」

「うっ、うっ……。

くーろい帽子のおじさんがさ、すんごい楽し笛を吹いていたすけ、あとをついていったのら。

町を一巡りしたら、みーんなもついてきてえ。女ん子はスキップ、男ん子は誰が先頭か競争したりしてぇ。

大勢で、山の方にさ、林の中に行ったらさ、

木と木のえーだに、縦に細なーげトンネルがポワンッ、て開いて。

みーんな、そこに入って行ったんら。」

 

 そこまで言うと、また涙があふん出て。

 

「俺だけ、おんだけ、足が痛とて、早よ歩かんねて、行かんねかったんだようー!」

 

「うっ、うっ…。俺が追いつく前に、トンネルが閉じてしもて。

歌いながら、笑いながら、俺がいんのに振り向きもしねで、

んーな、トンネルの向こうに行ってしもたんだよー。」

 

「おっ、おっ…。

俺だけ、行かんねかったー!」

 て、母ちゃんにしがみついて泣いたこて。

 

母ちゃんは、

きんの、足くじいていかったな、と思たけどな。

 

 

次の日も、また、次の日も。

村人たちは子供を探したこて。

隣の村、山の向こうの町、もっともっと遠い町。

 

子供たちはいねかった。

 

どこにも、いねかったのらて。

 

 

「これが、ねずみ退治の代金の代わりらかてや……。」

町長は後悔し、自分をせめたけど、

 

何年経っても、

 

何十年経っても、

 

 

だーれも、

帰ってきた子供はいねかったんらって。

 

 

 

 

 

1284年の6月26日、130人ほどの子供が、ハメルンの町から突然いねなった。

 

それは、本当にあった話なんらってさぁ。

 

 

 何かがあったらしいけど、

ほんがに何があったのかは、

今も謎の。

 

遠ーいとーおい昔の物語ら。

 

 

 

 

原作:ワンダー名作館12

『ハメルンの ふえふき』

原作者:ブラウニング

文:矢部 美智代  絵:朝倉 めぐみ

発行所:(株)世界文化社

 

 

 

ワラ人形(藁人形)

ワラ人形(藁人形)

 

 

 

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