「長老さま、今日もでっけ島から船が来て、おらたちの島削って、石や、べとを、盗っていくろ。そのうち、おらたちの島、のうなってしもんじゃねえろっか?」
子供時代に一度は読んでほしい、スイス生まれの作家による一冊。
原本は、細かい絵の描写を見て楽しむ大型本です。
原作:『ふたつの島』
文:イエルク・シュタイナー
絵:イエルク・ミュラー
訳:大島かおり
発行所:株式会社ほるぷ出版
1982年初版発行
ふたつの島
むかーし昔、ひーろい海に、ふたっつの島が浮かんでた。
背っ高で、稼ぎこきの人たちが暮らす、でっけ島と。
ちんけて、じょんのびに過ごすのが好きな人たちの、ちーせ島。
もうひとつ。
みーっつめの島があったんらけど、ずーっと昔に、海に沈んでしもたんらって。
なんで沈んでしもたんらろか?
でっけ島の浜の波打ち際に、赤い大っきな石が立ってる。
その石に、みっつめの島の人が刻んだ言葉があるんらけど、へえ、何百年と経つすけ、その言葉はとうに忘れられていたこて。
でっけ島には、金持ちと貧乏人、主人と奴隷がいた。
んーな、働きもん。きっちり計画立てて、決まり守って、朝げから晩げまで、真面目に稼いでいたさぁ。
市場には新鮮な魚だけじゃね、百姓が手間ひまかけて育てた野菜、果物。職人がこしょた道具、丁寧に織られたきれいな布。なんでも売っていたいや。
稼いだもんは、貝殻のお金に紐を通して首から下げて。大金持ちは、あーおい貝殻を屋根や家に飾っていたこて。
ちーせ島には、主人も奴隷もいねかった。何をするにも、んーな一緒ら。
金持ちになろ思う人がいねすけ、歌うたり、踊ったり、まいんち遊んで。その日獲れた魚と、成ってる木の実を食て、たっぷりと「生きること」を楽しんでいた。
そーして、時々、向こうのでっけ島の人たちのことを笑うていたこて。
貝殻なんか、海辺にいっぺことあんねっか。あーおい貝は珍しれも、なんであーおい貝だけ、ほかの貝より値打ちがあるんら?
おっかしねえ!
でっけ島の人たちは、なんでそれがおっかしのらか、わからんかった。
もっと青い貝を集めて、もっと豊かに暮らしてぇ、て、いっつも思っていたこて。
ある日、でっけ島の王さまは、決心したろ。
島民も増えてきた。わしの島をもっとでっこして、もっと豊かで立派で、他の島、他の国の人にも誇れるような島にしようと。
そのために、まず、石と土と材木で、堤防を築くことにした。
山の木を次々切って、工事の道具や機械を作る。
堤防ができたら、中を土砂で埋めたてる。海を陸にしていくんられ。
大工事らすけ、いくら人手があっても足りね。
王さまは大臣に命令して、百姓や漁師たちも、日に半分は堤防作りの現場で働かした。
山が、畑が、荒れ始めたけど…。だんれも気にしていねかったのら。
そのうち、でっけ島だけでは、土砂が足りねなってしもて。今、実が成ってる畑、崩すわけにもいかねろう。
「ああ、海の向こうに、いい山があるねっか。畑もしね、実の成る木ぃ植えてもいね、鶏放してるわけでもねえ、遊ばしてる土地が。」
王さまの命令で、でっけ島の船大工は平底のおっきな運搬船を何艘もこしょてな、ちーせ島から、土砂を運び始めたこて。
ちーせ島の人たちは、これまでてえした心配ごともねえで、のんきに暮らして来た。
んーな、目の見えね、じいさま=長老さまの話を聞くのが好きらった。
長老さまはむかーしから伝わる島の話、風や波が語る話、なーんでも知っていて、なーんでも相談にのってきた。
でも、今、長老にも、どうしていいかわからねことが起こってた。
でっけ島の人たちが、まいんち、船でやって来て、石と、べと(=土)を盗っていく。日ごとに島が削られ、小せなっていくのられ。
「長老さま、そのうち、おらたちの島、のうなってしもんじゃねえろか?」
でっけ島では、王さまが、計画通りに工事が進まねで、じれってえて、かっかしていたろ。
大事な堤防建設がなかなか進まねのに、畑したり、漁に出てる奴がいる!この島を早く立派な島にしようと思わねのらか。
気に入らねことがあると、すぐに大臣に命令ら。
ちーせ島では、まいんち、土砂を削る道具や機械の音が響いていた。
一方、深い深い地の底では、大地が苦しみ、うめいていた。
早よ、なんとかしねば。
長老さまは、でっけ島の王と話すことにしたこて。
一人の若者が一生懸命、長老さまを乗せた小舟を漕いで、でっけ島に渡り、長老さまの手を取って、王宮への道をえんだ。
王宮の前で、王さまは長老さまにゆうた。
「この忙しのに、なんの用ら。」
声のする方に向いて、長老さまはゆうた。
「わしらの島を日々破壊しておきながら、なんの用らかと聞くのらか。」
「ハハハッ、おめたちの島じゃ、畑するわけでもねえ、鶏飼うわけでもねえ、空いた土地草ぼうぼうにして、遊ばしてるだけらねっか。使わね山のべと、もろたところで、だが困るてや。」
長老さまは首を横に振ったこて。
「そんがのことを、昔、ある王もゆうた。沈んだ島の王られや。
『赤い太陽の石』に、書いてあるろが。
あの石はどうした?
あの赤い石は、今、水ん中に立ってるんじゃねぇのーか?」
「いーや、陸の上に立ってるぉ。確かめに行くか?」
王さまと長老さまは、『赤い太陽の石』のある浜へ行ったこて。
石は、人の足のくるぶしほどの深さの水に浸かっていた。
長老さまは若者に手を取られ、ざぶざぶと石に近づいて、そこに刻まれた文字を、指でたどりながら、読み上げたこて。
『 赤い太陽の石が
水に沈むことあらば
それは
人間が 命のおきてにそむく行いをしたしるし。
そのとき 島は海に沈ずむであろう。』
「 なに、ゆうてる。今は満潮ら。夜になれば水は引くこてや!
命のおきて?
そりゃ、秩序と勤勉ら!
わしたちは、決まりを守り、朝から晩まで、真面目に働いている。
おめたちのような、怠けもんと違ってな!」
王さまは、そういい放つと、さっさと王宮に帰っていってしもた。
その夜、王さまは寝らんねかったこて。
『赤い太陽の石』が水に浸かっていんのを自分の目で見た。
あの言い伝えは本当なんらろか?
あの年寄りは、王であるわしより、将来を見通しているのらろか?
夜明け前に、
王さまは新しい命令を出した。
「赤い太陽の石が海に沈むようなことがあってはならん。掘り起こして、もっと高くて安全な場所に据え直せ!」
しかし、石はびくとも動かん。
夜明けから取りかかり、疲れた人は交代して、午後にやーっとちいとばか、傾いた。
「なんぎ仕事らねえ。…おやぁ?」
工事監督が石の根本をよく見ると、光るものがある。
なんらろか?
光るもののかけらを手にとって重さを調べ、歯をあてて硬さを試す。
「おお! こ、これは金らねっか!」
「『赤い太陽の石』の下から、金の塊が見つかったてや!」
その知らせは、人の口から口へ、家から家へ、島の端から端まで、あっという間に伝わったこて。
「金てや、あーおい貝の何倍も何倍も価値があるのらろ?」
百姓も、漁師も、召し使いも、奴隷も。
へえ、仕事すんの、やんなってしもた。
んーなが、自分の仕事放ったらかして、金探しを始めたろ。
見つけた金の塊を家ん中に隠して。盗られっとわーれすけ、家に人は呼ばね。
もう、だんれも信用できねぉ。
王さまは、初めは、見つけた金の一部を差し出せ、て、ゆうてたけど。
金が貯まれば貯まるほど、もっと金が欲しなった。
島を大きく、立派にしようという計画は、へえ、忘れられてしもうたこて。
金の鉱脈は、山の奥の深っけとこに入り込んでいるすけ、島民は岩山を切り崩し、立て坑や水平坑を掘って、金鉱石を採った。
集めた鉱石を海辺に運んで、細かく砕き、水で洗う。砕石から金の塊を選りだして、炉で溶かす。
王さまはやがて、一部の百姓と漁師を残して、大工も、工事の人夫も、んーな、自分の奴隷にして、掘り出された金は全部、王宮に運ばせた。
ふーるい石造りの王宮の穴蔵には、ふっとつ、金が貯まっていったこて。
王さまは、にやにやしながら、その金をどうしょうか?て、考えた。
金の食器を作らせっか?
いや、金の風呂か?王座か?
そうら、イスもテーブルも、ベッドも、部屋も。
金ずくめの王宮にすっか!
おーっし!
新しい王宮を建てよて!
海に人工の岩山を築いて、その上に。
海の遠くからでも、煌めく姿が見えるように。
王宮の前には、わしの像を建てるろう!
赤い太陽の石よりもでっこい、この島のしるし。
このわし自身の、金の像をな!
でっけ島の緑の山は、穴だらけの岩山に変わり、 計画的に整えられていた段々畑は、崩れ果てた。
食いもんの心配しねたっていかった穀物の倉庫も、ほとんど空っぽになっていたろ。
でも、まだまだ、新しい穴が掘られ続けて、女と子供たちも、鉱石を入れた重てかごをしょうて、海岸に運んだのら。
数人の大臣を残して、島の人々んーなを奴隷にして工事してんのに、黄金の王宮建設の、はかどらねこと、はかどらねことぉ。
「人手不足らなあ!」
王さまは、新しい命令を出したこて。
「この島史上最高の大事業を、断じて失敗させてはならね。
直ちに向こうの島に行って、男という男を連れて参れ!」
まるで戦に行くかのように。槍を持った大男たちが船にぞろぞろと乗り 、ひとりの大臣が隊長になって、船は港を出ていった。
長老さまがでっけ島の王を訪ねた日以来、でっけ島の船は、ちーせ島のべと、盗りにこねなった。
でっけ島で何が起きてるなんか、知らね。
んーな、ホッとしていたこて。
子供たちが、長老さまを囲んで、なんか、話を聞かして 、て、せがむと、
長老さまは、3つの島の話をした。
むかーし昔、ここらには、3つの島があったのら。王さまのいた1つの島が、ずーっとめぇに海に沈んだ。命が助かった人はほんのわずからったそうら。
生き残った人たちは、大きな赤い石を立てて、後の世の人々へ、戒めを刻んだ。
『赤い太陽の石が
水に沈むことがあらば
それは
人間が生命のおきてにそむく行いをしたしるし
そのとき 島は海に沈むだろう。』
何百年も経つうちに、その文字は、雨風にさらされてぼやけてしもうた。
だが、忘れたら、いかんのらぞ 。
忘れて、不幸を繰り返してはならんのらぞ。
長老さまの話を聞いてた女ん子が、海を指さして飛び上がった!
「また、来た!
あん人たちが来た!
今度はいっぺこと、人乗して!」
子供たちは長老さまの手を引いて、海辺に向かった。
大人たちもたんまげて駆けつけた。
大男の隊長が船から下りて来て、
んーなに聞こえるでっけえ声で、王の名による命令を下した。
「この島の男はすべて、我が島の王宮建設の仕事に従事せよ。
おとなしく従えば、賃金をやろう。
だが、逆らうならば、腕ずくで捕まえて、奴隷としてこきつかうぞ!
さあ、さあ、どうら?
なんなら、そこのじじいと相談するんらな!
ハーッハッハッハー!」
隊長は、大きな剣を抜いて笑った。
他の男たちは笑わねえ。一斉に、槍の先を島人の方に向けて構えた。
ちーせ島の人々は、息を飲んだ。
だんれも声を上げね。子供は大人にしがみついて、凍りついたかのようにじっとしていたこて。
嫌ら、と言って戦えるろか?
あの大男たちに勝てるろか?
おらたち、武器らしい武器なんか、持っていね。
争いなんか、もう、ずいぶん長ーげこと、
したことがねえんだもん。
「……わかった。」
長い沈黙のあと、長老さまがゆうた。
「みんな、元気を出して行こう。
わしはもう一度、王のところに行く 。
賃金として貝殻をもらっても、わしらにはなんの役にも立たん。
もう、必要でなくなったものを、島に返してもらおうて。」
ちーせ島の人々にとって、つらい日々が始まった。
朝、はーよに、男たちは小舟に乗って
でっけ島に行く。
坑道を掘り、鉱石を集めた重たいかごを運び、鉱石を砕く車を引き、炉に風を送る踏み車を踏んだ。
汗びっしょりかいて、日が傾くころにはへえ、くたくたらった。
しゃべるのもなんぎてや 。
日が沈みきって、くーれなってから、小舟に石や、べとを積んで。
やっと、ちーせ島に帰るんら。
女たちは、男たちがやってたことをんーな、やらんとだめんなった。
網を仕掛け、魚を捕る。木にのぼって実をもぐ。かめに水を汲んでおく。重ーてバケツ、一度にたがかんねっけ、何度も何度も汲んでくる。
子供も遊んでる暇がのうなった。
きんの、汗びっしょりになった父ちゃんの服、力仕事で疲れてる母ちゃんの代わりに洗わんばらもん。
夜になれば、海岸に行って。
父ちゃんが乗ってきた小舟から、石や、べとを下ろして、島が削られたところにまいておく。
今まで経験したことのない、疲れと悲しみの日々に、んーな、胸が押し潰されそうらったいや。
せめて心がなごむのは、
ちっとずつ取り戻した大地に、子供たちが種を蒔き。
その種が芽吹いて、やがて、かーぇらしい花を咲かせて、海風に揺れてんのを眺めるときらった。
雨の季節がやって来たろ。
暗い雲が山に垂れ込めて、雷がゴロゴロ鳴った。 ビュービュー、風も吹いて来た。
でっけ島の坑道は水びたし。穴には泥水。浜の岩場では波が荒れ狂ったれ。
王さまが窓から外を眺めっと、
島民は、雨を逃れて、雨宿りをしてる。
「ものぐさどもめが! 仕事しれてば!」
ちーせ島の怠けこきが、嵐がおっかのて来ねのなら、この島のもんが、その分まで働かんばらろが!
雨の季節らゆうて、計画が遅れてはならんぞ。どうせ、金採るには、鉱石を水で洗うのらねっか。雨が降れば、けぇって仕事がはかどるはずら!
しかし、王さまの命令を伝えに行った大臣は、ずぶ濡れの上、泥だらけんなって戻ってきとぉ。
ついに島民が怒ったのら。
大臣に泥を投げて、怒ったのら。
「そんがに金が欲しいのらったら、王が自分で掘ればいいねっか!」
雨宿りしたところで、すでにずぶ濡れ。大風に吹き飛ばされそになりながらも、大臣に言い放ったのら。
「欲ばり王! 自分で掘れ!」
「そうら、そうら! こん雨ん中、自分で掘れてば!」
「自分で穴からしょうて(=背負って)来い!」
ドォーン!
バリバリバリバリ!
轟音に、人々は自分たちの島を見た。
黒い雲の下、荒れ果て、穴だらけになった山のあちこちにひび割れができてる。
ドォーン!
ガラガラガラガラ…。
鳴っているのは大地ら! 足元が揺れる!
ド、ドォーン!
ダーン!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…。
ハチの巣のように穴が空いた山々が崩れ始めた! 絶え間なく続く地鳴り。
「港へ行け、船に乗れ!」
「はよ、はよ、船に乗れ!」
人々は群がって、大急ぎで船に乗り、嵐の海に出ていっとぅ。
ガラガラ、ダーン!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…。
振り向くと、山々の形はのうなって、島は崩れ落ちた岩だらけになっていたこて。
美しく緑豊かだった、俺たちの島。
懸命に働いて、青い貝が手に入ると、うれーして笑った。
どうして
こんがのことになってしもたんらろう?
もう、岩だらけの島に引き返すことはできね。
さりとて
このぎゅうぎゅう詰めの船で、このまんま、嵐の海に漂ってもいらんねえ。
食いもんも、水もねえ。
助かる道はひとつ。
あの、ちーせ島ら。
俺たちが、
幾艘もの船で、繰り返し土砂を盗み、
剣や槍で脅かして、
男たちを無理矢理働かしてきた、
あの島。
数々の苦しみを与えてきた、
あの島。
俺たちが生き延びる、たったひとつの、道。
言い伝えによると、
ちーせ島の人々は、でっけ島の人々に
仕返ししようとは思わねかった。
「大変らねっか。」
て、逃げて来た人たちを陸に上げた。
火ぃ焚いて、食べ物と飲み物を用意して、
んーなの家から、乾いた服を集めてきた。
むかーし昔、ふたつの島は、お互いに関係ねえ、と思て暮らしてた。
けど、今度は、助け合って暮らすようになった。
んーなは、でっけ島を放っておかんかった。
なーげ雨期が明けたあと、
畑を作ろ、町を作ろ、て、島に渡って行った
。
気がみーじこて、欲張りで、人をこきつかう王さまはいねなった。
人を休ませね、口うるさい大臣もいね。
造りかけの、黄金の王宮も、どこ沈んだろねえ?
この話はまだ終わらね。
これは、海に浮かんだふたっつの島の話らったれも
どこかのふたつの村で、
どこかのふたつの国で、
ずっと、ずっと、昔から
繰り返されて来たことなんられよ。
この世に人間の生きている限り、
どこかのふたつの村で、
どこかのふたつの国で、
また、繰り返されるかもしんね。
悲ーしことのあとで、
どうやって仲直りすんのぉか。
ずうっと、仲良うできんのぉか。
いつまれも、
いつまれも、
続いていくことなんられよ。
おわり
- 作者: イエルク・シュタイナー,イエルク・ミューラー,大島かおり
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