山でも村でもいたずら三昧。みんなを困らせた、いたずらこきの猿の一生。
猿と蟹
むかーし昔のことらこて。
山にきれーな水が流るる沢があって。夏も涼していいところられも、秋んなっと、周りのもみじがまっ赤に色づぃーて。
「おお、おお、ばーかきれいらねっか。」
て、山道行くもんや、水飲み来る動物たちがゆうてるてば。
そんがの声が聞こぃる、いーぃ場所に住んでいることが、沢蟹のおかみさんの自慢らこて。
「よう来らした、よう来らした。」
岩の陰からゆうてるれも、ちいせ声らすけ、ま、人の耳には、届かねけどな。
山の麓の家には、猿が一匹住んでいたこて。
もとは、人が住んでいたのらろも。
その家の姉は、山幾つも越えた遠ーい村に嫁に行って、あんにゃは行商の仕事するゆうて家を出たすけ、じいさとばあさは二人きりで、寂ーしなって。
そんがのとき、仲間からはぐれた子猿が山にいたすけ、捕まえて家で飼ったってや。
この猿が、いたずらこきで、いたずらこきでぇ。
だっかが(=誰かが)家訪ねてくっと、石を投げる。
「じさが畑耕しながら、じゃまんなる石、拾た石らねっか。石投げんのらねえろ!」
ゆうたら、芋を投げる。
「ばさが広げて乾かしてる芋らねっか。芋投げんのんねえろ!」
ゆうたら、腐ってびちゃった(=捨てた)ナスやら、リンゴやらを投げるこて。
じいさもばあさも、
首、繋いでるなんか、かーうぇそらなぁ(=首に縄つけて繋いでいるなんてかわいそうだなあ)、と思たれも、
猿がどこ行って何いたずらしてくっかわからねすけ、縄ぁ外さんねかったこて。
ある年の、あっちぇ夏。
ジリジリ暑さが何日も何日も続ぃーて、じさも、ばさも死んでしもと。
訪ねてきた隣の畑のじいさんが見つけて、お坊さまを呼んでくれらったれも、
「猿は山へ帰んのがいいろう。」
ゆうて、首に結ばった縄を切ったこて。
でも、猿は、山での暮らし方なんか、へぇわからねもん。
蜂の巣つついて、蜂を怒らしてみたり、
栗の木の枝揺らしてイガ落として、下にいる熊、たんまげさしてみたり。
「こっち来い、こっち来い、おもしぇもんがあるろ。」
ゆうて、子鹿や瓜坊(=イノシシの子)誘い出して、村人の仕掛けた罠にはめたこともあったんやぁ。そっで、
「あん猿に関わんなんや、鍋にさって、人に食われてしもぉ。」
ゆうて、山ん動物は近寄らねなったこて。
朝はーよは(=朝早くは)、よその畑で芋やカボチャかじって。昼間は山でいたずら。
空がくーれなるめぇに家に帰ってきて、
ばあさがしてたみとに、囲炉裏の灰に炭を足してあったこして。
冬は布団かぶって寝てたこて。
春んなって。
腹が減ったれも、畑には朝はーよから人がいるすけ、山に行って、沢を通りかかるとな。
「ばかいい眺めら。」
ゆうて、旅のもんが握り飯を食ていた。
俺もひとつ食いてのぉ 、と思て、木の枝の上からしばらく眺めていたろも、
人が去った後にあったのは干し柿の種だけらったいや。
ところが、
「よう来らした、よう来らした。」
と、声が聞こえる沢の方を見たら、沢蟹のおかみさんが、握り飯を持っているねっか。
「どうしたのら?」
猿が聞くと、
「道の方から、草の上、ごろんできたのら。」
と、ゆう。
「かに、蟹。その握り飯、柿の種と取り替えっこしねか?」
「えー? いやら、嫌ら。握り飯の方がいいこて。 」
ふーん、と落ち着きはろて、猿がゆうたこて。
「柿の種の方がずーっといいんらけどねえ。握り飯は食てしもえばおしまいらねっか。
そらけど、柿の種は、どうら? 柿らろ!
種まけば、なんねせでっこい木んなって、いっぺこと実がなるこてや。
梅よりもでっけ実が、桃よりもいっぺことなるのらろ。」
沢蟹のおかみさんはちと考ぇて。
「そっか、そらねえ。
よし、よし、取り替えっこしよか。」
「そーら。十も二十も、そのうち百もなるかもしんね、柿の種らろ!」
握り飯を手に入れた猿は、木の上に登って、さっさと食てしもと、ぷいっと、どっかに行ってしもとぅ。
沢蟹は、でっこい木になってもいいよう、場所選んで、穴掘って、柿の種をでーじに埋めたこて。
「さ、これでいーか。」
そして、水やりながら、うとぅた(=歌った)こて。
♪芽ぇ出せ 芽ぇ出せ むっくらむん
出さんとはさみでほじくっぞぉ♪
せっかく埋めてもろたのに、ほじくらってはてーへんらねっか!
柿の種は一生懸命に芽ぇ出したこて。
緑色の芽が出たすけ、うれしなって。沢蟹のおかみさんは、また、水をやりながら、うとぅたこて。
♪伸びれー 木になれ ずんずかずん
伸びねとはさみで切ってしもろ♪
せっかく芽ぇ出したのに、切られてしもたら、てーへんらねっか!
柿の芽は一生懸命に伸びて、枝を広げたこてぇ。
おかみさんは、枝を見上げて、うれして、うれして。また、水をやって、うとぅたこて。
♪花ぁ咲け 実ぃつけろ どっさりこん
ならんと、はさみでぶっ切るろう♪
せっかく枝葉が伸びたのに、ぶっ切られたら、てーへんらねっか!
柿の木は一生懸命に花を咲かせて、いっぺことの実をつけたいや。
「やあ、なった、なった。なったてば。」
沢蟹のおかみさんは、うれして、うれして。実を採ろうと思たれも、あーいや、届かねんや。木登りもできねしのう。
柿の実、見上げて、木の周りをえんだり(=歩いたり)、幹にしがみついたりしてたら、
腹ぁすかした猿がやって来て。
するするっと木に登っと、よんであーこなった実(=熟して赤くなった実)を、むしゃむしゃ、うんめそげに(=おいしそうに)食い始めたいや。
おかみさんは見上げてゆうたこて。
「さる、猿。自分ばっか食てねで、こっちにも投げてくれやれ。」
「はぁー? めんど。しょうがねえなあ。待ってろよ!」
猿は、まだあーおてかってぇ実をもぐと(=まだ青くて固い実を採ると)、
地上の蟹めがけて、力いっぺぇー投げたこて!
どすっ!
まさか命中すっとはのう!
「……わ、わーい、かに、蟹、ぺっしゃんこ。
柿につぶれてぺっしゃんこー。」
これで沢も静かになるろう!
ゆうて、猿はひゅうっと、山ん中にいってしもとう。
しばらくすると、柿と凹んだ土の間から、
沢蟹のおかみさんの腹ん中にいた子蟹たちが、ちょこちょこ、ちょこちょこ這い出してきて。
「お母ちゃんが死んだ。」
「お母ちゃんが死んでしもた。」
「どうしよう。」
「どうしよう。」
「お母ちゃんがー、死んでしもたー。」
おーい、おい。おーい、おい。
んーなで泣いていたこて。
「なーした、なーした。
チビども、なに泣いてんのらや!」
泣き声聞いて、どこからか、蜂が飛んで来たんや。
「 なに、あのいたずらこきの猿が来て、母ちゃんをつぶしていったてか?
柿もいでくれ、ゆうただけらのに、てか?
うーむ。わーれ(=悪い)猿らのう。俺ら山のもんをどんだけ困らせっかのう。
よーし、俺に任しておけ。
猿をこらしめてやるろぉ。」
蜂はブーンと羽音をたてて、辺りを飛び回っとぉ。
「やいやい、猿を憎きと思うものども、集まれー。 ここに集まれんやー。」
「なに、何? 猿がまたなんかしたのらか!」
たちまち、栗に、臼に、それから、牛のあっぱ(=牛の糞)が駆けつけてきたこて。
ブンブンと蜂はゆうたこて。
「やあやあ、さっそく集まってくってありがてことら。
あの憎らーし猿めが、沢蟹の母ちゃんをぺしゃんこにつぶして死なせたんや!
これから猿の家に行って、こらしめてくんのらろも、どうか、力を貸してくんねか。」
「おうおう、がってん、承知之助らてば!」
栗はゆうた。
「あの猿が揺らして遊ぶすけ、あの枝もこの枝も、わーけイガが、んーな落ちてしもがー!(=まだ若いイガが、みんな落ちてしまうよ!)」
臼もゆうた。
「あの猿めが俺にまたがってションベして溜めて。ばあさまに臭っせ、臭っせと言わって、俺は捨てられたのうてば!」
まだ、ほかほかしてる牛のあっぱは、
人に引かれて沢に来た牛のケツから出たばっからった。
見ていた猿が、「うわぁ、こいた、こいた。臭っせ、臭っせ。」ゆうて、鼻つまんで行ったのらって。
「猿めが、俺を笑って行きよった。
俺さまは、畑の土を何よりも肥やすあっぱらろう! 雪が溶けて、種蒔きの準備する始めの一番に、畑のしょが(=畑を耕作する者が)、「あっぱくれ、あっぱわけてくれ。」ゆうてやって来んのら。
俺ほど役に立つもんはそうそういねてがんね、畑荒らして、クソしてく猿めに笑われる筋合いはねーわ!」
んーな、猿にされたことを思い出すと、腹が立って、腹が立って。
蜂と、栗と、臼と、牛のあっぱ。そして沢蟹の子供たちは、ずんずん、ちょこちょこ、猿の家に向かって行ったこて。
「ふーむ、まだ、戻っていねみとらな。よし、猿が帰ぇるまで隠れていよて。」
臼は屋根の上によいしょ、よいしょ、と上って。
栗は囲炉裏の灰の中にもぐったこて。
蜂はふたに隙間を見つけて、味噌桶の中に。
牛のあっぱは入り口の横にひっそりと。
そして、子蟹たちは雨水が貯まった水がめの中に隠れて、
猿が帰ぇってくるのを今か、今かと待ち構えていたこて。
日が傾くと、猿は何もねかったかのような顔で帰ぇって来た。
「おー、さぁーめ。朝晩、冷える季節んなったなー。
おやおや、囲炉裏の火がまだあったけお!」
猿があったまろうと、火に手を伸ばしたとたん、焼けた栗が、
ぱちーん!
と飛び出して、猿は尻もちをついたいや。
「あちち、あちち。」
猿が火傷した手を水がめの中に突っ込むと、子蟹たちが、
ちょき、ちょき!
「いてて、いて、いて。」
じゃ、味噌で冷やそ、と、味噌桶のふたをあけたら、蜂が
ちく!
あわてて外に飛び出したてや、牛のあっぱ踏んで、
つるーり! すってん!
そこをめがけて、屋根の上から臼が、
どすーん!
猿は、ぎゅーっとつぶれて。
死んでしもたいや。
猿ぁたって、母ちゃんとはぐれて、人に捕まってしもて。
猿の仲間がいねて、寂しかったかもしんねろも。
あんまー、いたずらこきで、困ったことばっかしてくれて。
だーすけ、猿が死んだと聞いたとき、
山のもんは、
めでたし、めでたし。
そう思たのらてば。
さるとかにのはなし、
おっしーまい!
原作:みんなでよもう! 日本の昔話ー6
『さると かに』
文:小沢 正 絵:渡辺三郎
発行所:株式会社チャイルド本社