甲斐の国=山はあるけど山梨県、のお話ら。みんな飲みたいよね~、このお水。私もらて。
むかーし昔。山また山が連なる向こうの村に、ばか仲のいい、おじいさんとおばあさんが暮らしていたこて。
あん日のこと。おじいさんは炭を焼きに山奥のさぎょばに(作業場に)行ったこて。
「あっちぇ、あっちぇ(暑い、暑い)。今日はばか喉が渇くねえ。」
仕事を終えたおじいさんが山道を下ってくっと、
こぽ こぽ …… こぽ こぽ……
涼しげな音がするねっか。
どれどれ、と、岩の陰を見てみっと、ちいせ泉が湧いていたこて。
「やれやれ、ありがてことら。」
さっそく掌にすくって一口飲めば、なんとも言わんね、いい気持ちら。
「はっこて、ばかうんめお!(冷たくて、とてもうまい!)』
ごくごく、ごくごく、と、むちゅんなって(夢中になって)飲んでいっと、ふしぎ不思議。身体中に力が、ぅえーてきて(湧いてきて)、曲がった腰がしゃっきり伸びて。
あっという間に、元気な若者になったいや!
水に映った顔を見たおじいさんは、はよ、おばあさんに見せとなって。山道をひょんひょん飛ぶように走って帰ったこて。
「おーい、ばさ、どこら? 今、帰ったてばー。」
「おや、今日はまた、はーいえ(早い)お帰りらねっか。ああ? じさらか?!」
迎えに出たおばあさんは、たんまげたこてえ。わーけ頃のおじいさんがそこに立っているのらもん、ちゃんと足生やして。
「じさ、どうして? どうしたのら?!」
「なぁに、山で泉を見つけて飲んだらなあ……。」
おじいさんの黒い髪、目尻の他にしわのねぇ顔。おばあさんは信じらんねて、くらくらしそうらったれも、この大事に倒れてる場合じゃねかったこてや。
「どこ? どこら? その泉は!」
おばあさんは、おじいさんの腕にかじりついて聞いたこて。
日焼けして張りのある、たくまっしいおじいさんの腕。それに比べて、シミだらけのたるんだ腕、そしてシワだらけの指が、嫌でも目にへってくる。
「はよ、はよ教えれね! わっしも行って飲んで来るすけに!」
もう、くーれなるすけに明日にしれてば、という、おじいさんの声に、じりじりと眠れぬ夜を過ごして、次の日。
おばあさんは、ささーっと朝飯を済ますと、まだ霧のかかる山へ出掛けたこて。
「待ってれね、じさ。 わーけ(若い)娘になって戻って来るすけに。待っていれね。」
息を切らしながら、おじいさんに教わった道をえんでいくと、
こぽ こぽ…… こぽ こぽ…‥
鳥のさえずりに混じって、涼ーしげな泉の湧き出る音が聞こえてきた。
「ああ、ここら、ここら。あったてば。」
おばあさんは嬉ーしなって、目尻を下げて、腕まくり。
「よしよし、いただきますいね。」
ごくごく、水を飲んだこて。ごくごく、夢中になって飲んだこて。
わーけなりて。わーけなりて。シワのねかったあの頃みとに。
曲がった腰がしゃんとしてきたのはわかったれも。もうちっと、もうちっとばか、桃みとなほっぺたらった、あの娘の頃に。
おばあさんは本当に、きれいらった娘ん頃に戻りてかったのら。
陽は傾き始めたけど、おばあさんは帰ってこね。
「道に迷たのらろか? そっとも、ケガでもして、えーばんね(歩けない)か。」
おじいさんはしんぺぇ(心配)になって、おばあさんを探しに行ったこて。
「おーい。」
おーい。
「ばぁさやー。」
ばぁさやー。
「どこらー。」
どこらー。 らー。
どこにいんのらてば。呼んでも、呼んでも、けってくんのは、やまびこばっから。
そうして、あの泉の近くにやってきたこて。
すっと、聞こえてくんのは、赤ん坊の声ら。
涼し水の音どころか、赤ん坊の声が響いているねっか。
「はて、こんがの山ん中に、どうして赤児がいるてば。旅の母子が迷たのらろか。」
岩の陰をそうっと覗いたおじいさんは、
「あっ!」
と、たんまげたこてえ。
赤ん坊がひとりぼっちで、しかも、見覚えのある着物にくるまって泣いているのらもん。
おじいさんは赤ん坊のそばに寄ると、へなへなと力が抜けて、膝をついたまんま動かんねなってしもた。
「なにしてんのら、ばさや…。飲み過ぎらこてや……。」
もう、日が暮れる。
どうすんのら、どうしたらいいのら。
とにかく、おじいさんは大事に赤ん坊を抱いて、山道を下りたこて。
乳呑子のいる家はどこら。そこの家の母ちゃんに乳をわけてもらえねろか。
山羊のいる家はどこら。山羊の乳をわけてもらえねろか。
お粥?重湯?でいいのらろか。古着を裂いてしめを作らんばら。
どうすんのら、どうすんのらたって、へえ、どうにもならね。
まいんち、まいんち、しめ替えて、お粥食わせて。背中におぶうて、洗濯したら、次は畑しごとら。
若者になったおじいさんは、ばか忙しなっとお。
そして、
「♪ばさ、ばさ、飲み過ぎら!」
「♪欲張りばさが、飲み過ぎら!」
そう、うとうて(歌って)、土にクワを振り入れるたび。赤ん坊は、きゃっきゃ、きゃっきゃ、と喜んでいたのらってさあ。
〔元祖イクメン? 〕
原作 みんなでよもう!日本の昔話ー4『わかがえりの みず』
文:間所ひさこ 絵:若菜 珪
発行所:株式会社チャイルド本社