姉さらって、若ーけ女らもん。嫁に来た初めから屁ぇこいてた訳じゃねぇよ。ずうっと我慢してたんらけどね……。
とんとん昔のことらこて。
あるところに、ばばさと兄さが住んでいたこて。そうして、兄さが年頃になったすけに、嫁さんをもろたこて。
嫁さんは山ひとつ越え、川ひとつ渡とて、しゃんしゃん、馬に乗ってきたこてや。
ばーか器量良しで、おとなして、よう働く嫁さんらったすけに、ばばさも
「いい嫁ら。ばかいい姉ら。」
ゆうて、喜んでいたこて。
とっころが十日たって、二十日たっていくうちに、嫁さんの顔があーおなってきて。病気みとになったてや。
そっらすけ、ある日、兄さが留守ん時に、ばばさが聞いてみたこて。
「姉、姉、おめ、どっか、あんべぇわーれんじゃねえか。わーれば医者に薬もらえばいいすけに、おらにそうっと話してくんねか。」
姉さは黙ーって、もじらもじらしていたこて。
だって、昔の嫁さんは、どんがなんぎことがあっても、「へい、へい、」ゆうて、お姑さんに仕えんばならんかったもん。
そっでまた、ばばさがゆうたこて。
「今日は兄さもいねこんだし、気兼ねなんかしねで、なーんでもおらに話してくれてば。」
そうしたら、姉さはしょーしげに(恥ずかしそうに)下向いて、ちいせ声でやーっと話したこてぇ。
「おら、あの、ほんがのことゆえば、屁がしとて、屁がしとて……。そんらけど、嫁にきたもんが、屁なんかこいたらだめらと思て、我慢してたんら。」
ばばさはこれを聞くと、そっくりけって笑ろたこて。
「姉、姉。屁なんかだっれも出っこてや。我慢なんかしてっと、身体にわーれすけな、いっくらでもこけばいいこて。」
「はあ、おら、ほんがにこいてもいいのらろか。」
「ああ、いいこてや、いいこてや。なじょもこけばいいこてや。」
ばばさがそうゆうてくれたすけ、姉さは、うれーしなって。うん!と気張って、
ぼんぼん ぽかーん
と、こいたこてぇ。
その屁のでっけこと、でっけこと。
ばばさの身体は、ぶは~と舞い上がって、庭の向こうのでえこん(大根)畑まで飛んでいっとう!
ほんがにたんまげたばばさは、畑に落ちっと、でえこんのあーおい首にしがみついたこて。
「こっれは、おおごとらねっか! ひとつ引き屁にしてくれやれ、姉ー。」
すっと、姉さのほうも、ばばさを屁でこきとばしてしもて、わーれことしたと思たすけ、すぐに応えたこて。
「ほっしゃー。今、引くれのー!」
今度は思い切り大きく、
すう~ぅっぽんぽん
と、引き屁にしたら、これがまた、でっけこと、でっけこと。
ごったな勢いで引き寄せらったすけ、ばばさは、しがみついてたでえこんを、ズボーンと抜いて。
でえこんと一緒に空飛んで、すとん、と庭先にもどったこてや。
「ああ、やれやれ。」
と、ばばさがでえこんを放したら、姉さはもう、次の屁がこらえらんねて。
ぼんぼん ぼがーん
と、こいたこて。
ばばさの身体は、また、あっぱらぱ~んと吹き上げらって、でえこん畑に飛んでいっとう。
「こっらこらぁ、また、おおごとらねっか、姉、姉ー。」
「ほっしゃ~、今、引くれー。」
すうーぅぽんぽん
姉さが今度も思いっきり引き屁にすっと、ばばさはまた、ずぼーんとでえこん抜いて、空飛んでくる。すとんと庭先に戻っと、姉さが次のをこく。
そうすっうちに、姉さの屁にだんだん弾みがついてきて。
ぽがーん とこいては、すうーうっぽん !
また、ぽがーん とこいては、すうーうっぽん!
みるみる庭先に、でえこんの山ができていったこて。
そこへ、仕事に出てた兄さがけえってきて。
たんまげて、きりきり怒ったいや。そらそうらこてのう。
庭先で嫁が、ばばさを屁でこきとばして、でえこん採りしてんのらもん。
怒鳴った、怒鳴った。
「あぃや、なにしてんのらてば! こんがのおっかねぇ嫁、おら、うちにおいておかんねこてや! 里へけえれ。すーぐけえってくれや!」
「兄、兄、おら、なじょもけがひとつしてねえてば。こんがに上手に屁えこいたり、引いたりするもん、今まで見たことねえてば。」
ばばさは、いっしょけんめ取りなしてくったれも、兄さは意地んなって、なおさら聞かねかったこてや。
そんで、姉さもあきらめて、
「ほんがに、おら、けえされたって仕方がねこて……。そらけど、嫁に来るときらって、連れてきてもろたんらがんね、どうか、里まで送ってくんねかね。」
ゆうて、お願いしたこて。
「ほうせば、おら、送っていくこて。」
兄さは嫁の荷物をしょうて(背負って)、一緒にうちを出たこてや。
てくり、てくりと、えんで(歩いて)きて、川の渡し場まで来っと。でーっこい船が米俵をいっぺこと積んで、帆を上げていたこて。
でも、どうしたことら、風がぴたっと止んでしもて。船頭衆がいっくら漕いでも竿さしても、船は動かねかったこて。
その様子を眺めてた姉さは、急にけたけた笑ろてゆうたこて。
「船頭衆がよってたかって、そんがの船も出さんねのらかてや。おららったら、屁えひとつで動かせるてがんね。」
船頭衆は、笑わったすけに、むくれてゆうた。
「何をゆうてんのら、そこのおんなご。そんがのことができんのらったら、米俵幾つでもやるすけ、船出してみれ!」
「ほんが? ほんがにくれんのらな? 今、出してやっこてや!」
姉さはぶいっと、けつを振り向けて、あのでっこいのをこいてやったこて。
ぼんぼん ぶおおーっ
すっと、大風がぼふぁーぼふぁーと吹きだして。
帆をふくらました船は、ずいーっと、沖へ出ていっとう!
たんまげた船頭衆はんーな、しばらく、ぽけーとしてたれも、やがて、約束のもんをくんねまま、船を漕ぎだそうとしたこてや。
「やれ、待て、待ててばー!
根性悪らなぁ、米俵くれるゆうたねっか!」
今度は姉さが怒った、怒った。
川岸んとこで、尻向けて仁王立ち。腰に手を当てっと、今度はでっこい引き屁にしたこて。
ずずう うっぽーん
すると、あらあら、船に積んでた米俵が、一俵(いっぴょう)、ひょーんと飛んできとう!
また次、ずずうと引いたらば、二俵目、三俵目が川岸に飛んできたすけに、
「こんがのもんでいいか。」と
やめた。
姉さは、兄さを振り向いてゆうたこて。
「いい帰りの土産ができたこて。おまえさま、一緒にしょうてきてくんねかね。」
さて、
川を渡うて、姉さが先にえんでいくと、だんだんと山の坂道になったこて。
「ああ、この峠を越せば、おらの里もじきら。こんがに早よ帰されるなんか、思わんかったれよ。」
姉さらって、普通のおんなごらもん。ちっとばか悲しげんなって。とこり、とこり、と登っていって、やーっと着いた峠で、先に休んだこて。
峠には一本、柿の木があって。
熟れて真っ赤んなった実が、いーっぺこと、なってた。
そこへ、反物売りが、荷物を積んだ馬を引っ張って登ってきたろ。
背伸びしたり、棒でつついたり、なんとか柿をもごうとしたれも、枝がたーけ(高い)とこにあって、届かんかった。
姉さはそれを見てゆうたこて。
「のどが渇いたすけ、おらもひとつ食いてなあ。だんれもいねば、屁こいて落とすんらけどなあ。」
すっと、反物売りがたんまげてゆうたこて。
「はあ? ふざけたおんなごらなあ、屁こいて柿落とすてか? 落とせっわけねえろう。そんがのことできんのらったら、今、やってみれ! 賭けしてもいいこて!」
「賭けすれば、おらが勝つに決まってるこて。」
「なにゆうてんがあ。柿落とせたら、俺の反物、んーなくれるこて。馬つけてやってもいいこてや。」
「本気らか? おら、わーれようらなあ。」
「ああ、上等もんの反物ら、馬ごとくれてやっこてや! そんかわり、いいか、あの柿んーならろ。ひとつも残さず、落とすんらろ!」
反物売りがそうゆうすけに、姉さはまた 。思いっきりきばったこてや。
ぽんがぽんがーっ ぶがぶおぉーっ
と、こいたらば。
柿の木がよさん、よさん、と揺れだして。
ぼたくた、ぼたくた、なってる柿が、んーな落ちてしもたこて。
「……。」
反物売りは、ごったたんまげて、声も出ね。へなへな~としゃがみこんでいたこてや。
姉さは、ちっとばかすまなそうにして、
「そしたら、約束らすけにな。おら、そっくりもらっていくこて。」
って、馬ひいて、峠を下ろとしたこて。
すっと、うんしょ、よいしょ、と米俵をしょうてきた兄さが、
「姉、姉、待ってくんねか。」
ゆうて、呼びとめたてや。
「こんがの宝嫁、里になんか帰せっか。おらともう一度、うちに戻ってくんねかや。」
姉さは、兄さの声を聞くと、にーんまりとして振り向いたこて。
「おまえさま、こんがのとこまで来て、なんで待ってくれといわっしゃる。おらな、こんがのこともあるかと思て、今、一発きり、残しておいた。」
今度は兄さがぶったまげてしもて。
「姉、姉、おめ、まさか俺までこきとばす気らかや!」
兄さは俵を投げ捨てて、すたこらさっと逃げよとしたこてえ。
逃げよがなにしょが、姉さはかまわず、
ぼがーん ぶっぱっぱあー
と、こきつけてやったこて。
そのおしまいの屁が、一番でっけえ屁らったすけに、兄さもたまったもんじゃねえ。
空高う、あっぱらぱ~んと飛ばさって。
山ひとつ、川ひとつ向こうまで飛んでいったこて。
姉さは、馬の背中に、米俵と反物と旅の荷物を載して、今、来た道を、ぽっこ、ぽっこともどってきたこて。
うちに着くと。
兄さは庭先の畑に落っこちて、きろーんと目を回しておったこて。でも、どーっこもけがしていねかった。
ばばさは兄さの顔、のぞきこんで、笑うてゆうたこて。
「お前もらか。おら、こうなるものと思うてた。これでいかったこてや。」
そっから、兄さは、二度と「里へけえれ。」なんか言わんかったこて。
姉さも前よりいっそう稼ぐ、いい嫁さんになって。
仲良う三人で暮らしたこてや。
いかったのう。
ああ、そうら。
もうひとつ、
おまけの話があるてばの。
兄さは家からちいとばか離れたとこに、小屋を作ってくれらったって。
嫁がぼんぼんこきとなったら、いつでもそこで、こいていいよにしてくったってや。
それが、今の「部屋」というなめえ(名前)の始まりらったってや。
今も、んーな、自分の部屋でこいているのらろかねえ?
原作
文:大川悦生 絵:太田大八
発行所:株式会社ポプラ社
おはなし名作絵本17「へっこきあねさがよめにきて」より
〔昔から各地で語られていたこのお話。大川さんは、どうしても欲しい場面を創作してつけ足してこの本にしたそうら。私も少々のアレンジを加えてみたこて。
足りないところを加えたり、一部をわかりやすく変えたり、私が読み聞かせをより楽しくできるきっかけになった本ら。吹き出さねで読めるようになるまで数ヶ月かかったけれどね 。〕